日経平均へ興味を示そう
たぶん本書が世に出るころにはすでにアナウンスされて、本格的にスタートするといったスケジュールではなかろうか。
日本版国策ファンドの行く末DNAを、これから世界に向けてもう一度アピールする時機が来ていると思う。
だから、日本にW・Bは生まれないし、そもそも要らないのである。
日本の国策ファンドは、A 投資庁(アラブ首長国連邦)やシンガポール、中国、ノルウェーのそれとはまったく意味合いのちがうものになる。
財務省から完全に切り離され、民間で活躍したビジネスパーソン、たとえば、欧米の投資銀行で実績を弾き出した人間をスカウトしてあたらせる。
これから先、日本で起こることの共通点は「プライベータリゼーション(民営化)」にある。
つまり、民営化も含めて民主導、官従属ということだ。
これらは1970年代?の欧米で展開されたことだが、日本は人口が減少するなかで鉄道網やエネルギー、業廃棄物処理などのインフラ整備を推し進め、さらに効率の高い社会を生み出していくのだ。
世界でも初めての試みだろう。
なにしろ、9年前にこれだけ携帯電話が普及し、インターネット社会になると、どこのだれが予測できただろうか?まさか、こんなに社会システムが様変わりするとは思ってもみなかったにちがいない。
だが、明らかに日本人に受け継がれてきた職人気質のDNAが、これだけ打たれ強い国をつくってきたのだ。
全体で約100兆円という資金を背景にしたものだが、とりあえず2兆円規模で始める。
大学を卒業して証券会社( N 讃券)に入社すると、上司から言われたことは、「国債を売ってこい」のひと言だった。
「どうやって売るのですか?」「自分で考えろ!」大根やゴボウを売っているわけではない。
お客さんの虎の子を運用する金融商品を扱っているのだ。
いい加減なセールスをしたら、私の恥というより、会社の恥になるのではないぞ。
「 M の頭の中身がどうなっているのか、一度でいいから覗いてみたい」とのお申し出が少なくない。
私としては、自分自身はきわめて常識的な人間だと思うが、他人はそうは見てくれない。
まして、いままで出版した本がいずれも「常識破り」だったから、無理もない。
ご期待に添いたいけれども、脳を開いたところでわかるわけはない。
そこで、本稿の最後に、私が勉強してきたことを、恥を承知でさらけ出しておきたいと思う。
しかし、「大根と同じだ。自分で考えて売ってこい」としか言わない。
つまり、なにひとつ教えてくれない。
自分で勉強しろ、というわけである。
これは、2年後に移った M証券でもまったく変わらなかった。
いや M ではさらに徹底していたかもしれない。
だれも教えないし、教えてくれとも言わない風土なのだ。
M の営業マンといっても、極端な話、会社から机を借りているにすぎず、プロ野球選手のように、個人でどれだけ成績を上げるかですべてが決まる世界だったからである。
こういうプロフェッショナルの世界では、他人にノウハウなどけっして教えないものだ。
だから、勉強も自分でするほかないし、仕事も工夫して覚えるしかない。
さて、商品については、パンフレットを見ればだいたいのことは理解できる。
だが、売り方はさっぱりわからない。
そこでどうしたか?優秀な人に目をつけ、仕事をしている振りをして、その人がやっていることを1ヵ月ぐらいじっくり観察させてもらった。
どうやって売るのだろう?ああやって売ればいいのか!とやがて理解した。
ポイントは仕入れたら、あとはいくらで売ろうが自由、ということだった。
105円で売ってもいいし、105円30銭で売ってもいい。
つまり、100億円のボリュームの債券を扱っていても、1000万円しか儲けられない証券マンもいれば、105億円で売って6億円儲けてしまう証券マンもいるのだ。
同じ商品を扱っているのに、人によってこれだけちがう。
売り方、提案のしかた、どんなお客さんをつかまえているかで、これだけの差が生まれてしまうのである。
(ああ、たしかに大根を売るのと同じだ……)私は深く納得した。
そうは言っても、いったいだれに売ればいいか? M の大阪では、有望なお客さんはすでに上司や先輩ががっちり押さえ込んでしまっていた。
私に残されていたのは、 N 誼券など、ライバル社が長年の信頼関係を結んでいて、わが社を相手にしてくれない難物ばかり。
社内では、こういう難物を通称「ゴミ箱」と呼んでいた(相手からしてみれば、たいへんに失礼な話ではある)。
さて、この「ゴミ箱リスト」に、たまたまあったのがS 製薬などの名門企業である。
証券マンにとっては垂誕の的とも言うべき会社である。
もちろん、 N 誼券などがとっくの昔に食い込んでいる優良顧客ばかりで、わが社の出る幕はまったくない。
だが、こんな困難な相手、成約率がゼロにかぎりなく近い絶望的なお客さんしか残っていなかったのである。
幸い、会社からは徒歩3分の距離だ。
よし、毎日、訪問しよう。
断られても、断られても愚直に続けることにした。
この姿勢は証券マン時代、一貫していたと思う。
当時、取締役をしていたS さん(元社長・会長)のところに毎口、名刺を置いていく日が続いた。
私の経験則では、1ヵ月でたいていの人は会ってくれる。
S さんも、やはり30枚前後だったと思う。
証券については私などよりずっと詳しいから、S の小説から好きな車まで、いろいろな話をしてくださった。
S さんとの毎日は、『千夜一夜物語』だったと思う。
私も、明日はどんな話をしようかと、前日に必ずネタを仕入れて勉強する″訓練の日々″だったのである。
朝いちばんに訪問しては、連日、ランチ時まで話を聞いてもらう。
そんな日々をどのくらい送ったことだろうか。
その間、S さんは次々昇進していった。
そしてあるとき、800億円の運用を突然、まかせてくれたのである。
これには、幹事会社であった N 讃券が怒ること怒ること。
しかし、私はS さんとしか話をしていないから、ほかの財務担当者のことなどいっさい知らない。
どんなに N が怒ろうが、そんなことは誉められこそすれ、非難されることではない。
S さんのおかげで、たちまち社内でナンバーワンの実績を叩き出してしまった。
「きみ、熱心だね。証券会社の人?」そう声を掛けてくれたのは、 O 経済大学で教鞭をとっていた M 先生(故人)である。
M 先生も毎晩ここに通っていたから、自然と私の顔を覚えてくれていたのだと思う。
私のほうも、「熱心な人だなあ」「いったいなにをしている人だろう」「それにしても、むずかしい本ばかり読んでいるな」と思っていた。
人の縁とはわからないもので、それ以来、 M 先生の「夜の講義」を受けさせてもらうことになった。
本当の勉強とは学校を卒業してから始まるものだ、とつくづく感じた。
当時は知らなかったが、 M 先生は国際金融論の分野で、その後、日本屈指の研究家となる。
著書『M&AI別世紀の錬金術』( K 社現代新書)は、ここ数年、マスコミを賑わしているLBO(レバレッジド・バイアウト)、MBO、TOBの意義や手法などについて詳述し、当時、すでに新しい企業統治(コーポレート・ガバナンス)を提案している。
日経225ってなかなかですよ。世界的に有名な日経225です。
都内有数の日経225製作を承ります。日経225グッズが人気です。
日経225の利用価値をご存知ですか?他に例をみない日経225です。
お手軽な価格が魅力の日経平均の付加価値を考察してみましょう。日経平均のお得さが好評です。
日経平均の企画制作を行う専門会社です。安全なまちづくりを実現させる為の日経平均です。
日経平均の映像をご紹介致します。この春は日経平均で盛り上がりましょう!